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AI音声オーディオブック:武者小路実篤著「友情」

オーディオブック:武者小路実篤著「友情」

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友情 (Yūjō) by 武者小路実篤 (Saneatsu Mushanokoji) の全コンテンツを、iOSおよびAndroidのAI音声オーディオブックアプリで聴くことができます。お好きな声をクローンして、電子書籍やウェブサイトから独自のオーディオブックを作成できます。今すぐモバイルアプリストアからダウンロードしてください。

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友情

上 編

野島が初めて杉子に会ったのは帝劇の二階の正面の廊下だった。野島は脚本家をもって私《ひそ》かに任じてはいたが、芝居を見る事は稀《まれ》だった。此日も彼は友人に誘われなければ行かなかった。誘われても行かなかったかも知れない。その日は村岡の芝居が演《や》られるので、彼はそれを読んだ時から閉口していたから。然し友達の仲田に勧められると、ふと行く気になった。それは杉子も一緒に行くと聞いたので。

彼は杉子に逢ったことはなかった。しかし写真で一度見たことがあった。それは友達三四人とうつした十二三の時の写真だったが、彼はその写真を何気なく何度も何度も見ないわけにゆかなかった。皆の内で杉子は図ぬけて美しいばかりではなく、清い感じがしていた。彼はその写真を机の前に飾っておいたら、きっといい脚本がかきたくなるだろうと思った。しかし彼は仲田に写真をくれとは云えなかった。そして其後仲田の処へ行ってももう一度その写真を見せてもらうことは出来なかった。そして当人にも逢うことは出来なかった。一度、声を聞いたことがあるように思った。しかしそれは杉子ではなく、杉子の妹の声だったかも知れなかった。

彼が帝劇に行った時はまだ少し早かった。彼は廊下に出て今に仲田が妹をつれてくるかと思った。それを心待ちしていたが、若い女をつれてくる男が仲田ではないと返って安心もした。

彼はその時、村岡が友達二三人と何か声高に話しながらくるのに出あった。彼は村岡とはある会で一度あったことがあるが、目礼をしたりしなかったりする間がらだった。そしてこの頃は逢っても知らん顔をすることを努めていた。それは彼が村岡のものをよく悪口云ったからである。今日やられる芝居も彼は公にではないが、可なり悪口云った。元よりそれは文学をやる仲間同士で云ったので法科に行っている仲田とは殆んど文学の話はしなかった。仲田は彼が村岡のものを嫌っているなぞと云うことは知らなかった。新らしいものだから、それに評判のいいものだから、彼もきっと見にゆくだろうときめていた。それで説明掛位に彼をつれて芝居を見ようと云うのだった。彼はそれに気がついてはいた。そしてそれを迷惑にも思った。しかし断る気にはなれなかった。

彼は村岡と顔を見合せた。両方がお辞儀したそうにも見えた。しかしどっちも自分の方からさきにお辞儀しようとはしなかった。お世辞のように思われるのもいやだったのだろう。或は先にお辞儀して相手に見くびられるのがいやだったのだろう。少なくとも村岡は彼より四つ五つ上で、世間にももう認められていた。彼は五つ六つ短かい脚本をかいたが、誰にも顧みられなかったのは事実だ。しかし彼は自分の方から頭をさげるには、相手を軽く見ていた。

とうとうお辞儀せずに村岡は通りすぎた。彼がふとふり返った時、村岡は友達と彼の方をふり返って何か云っていた。

「あれが野島だよ」

「あれか。くだらない脚本をかく奴は」

そんなことを云っているように思った。そして急に不快を感じながら顔をそむけると、向うから仲田が、妹の杉子とやって来た。

写真よりはずっと大人らしくなったと思った。だが若々しく美しかった。

「もう、君は来ていたのか」

「ああ、少し前に」

「之《これ》が野島君だ。僕の妹だ」

二人は黙って丁寧にお辞儀した。

野島は杉子とは殆んど話をしなかった。杉子が芝居を感心して見ているらしいのに不愉快を感じた。しかしそれは無理もないとも思った。仲田も感心しているようなことを云ったが、それはむしろ彼にたいするお世辞のように見えた。

「やはり新らしいものは、我々に近い感じがするね」

そんなことを仲田が云った時、彼は別に反対する気にはなれなかった。

「飯を食おう」

仲田はそう云って先に立って行った。三人は向いあって飯を食った。仲田の妹は野島のいるのを別に気にはしていないらしかった。しかし殆んど饒舌《しやべ》らなかった。そして二人の話を別に注意して聞いてもいなかった。それよりは同じ齢《とし》頃の女の人が居ると、その女の方を注意しているようだった。

野島はそうはゆかなかった。彼は杉子の誰よりも美しいことを感じた。そして杉子のわきにいることをこだわらないではいられなかった。いつも仲田には無遠慮になんでも云えた彼が、今日は何一つこだわらずには云えなかった。村岡のものの悪口も彼は思い切って云えなかった。しかし彼は心のうちによろこびを感じた。そして呑気《のんき》なこと許《ばか》り、いつもより調子にのって饒舌った。それが又彼には卑しいようにも思えたが、心のよろこびはややもすると言葉となって、あふれ出て来た。そして杉子が少しでも笑うと彼は幸福を感じた。やがて幕のあくリンが聞えても彼はいつまでも其処《そこ》に腰かけていたかった。

しかし杉子はあわてて立った。

二人もあとをついて芝居を見に行った。彼はもう芝居は気にならなかった。ただ何げなく杉子の顔を見る機会をつくることに苦心した。ここに自然のつくった最も美しい花がある。しかも自分の手のとどくかも知れない処に。しかし彼は杉子とは一言も話す機会をつかめなかった。ただ兄と話すのを聞いて、快活な、思ったことは何んでも平気で云う質《たち》だと思った。そしてはっきりものを云う頭のわるくない女だと思った。

次の幕の間に彼は、とうとう聞いた。

「君の妹さんはおいくつだ」

「十六だ。まだ本当の子供だ。背許り大きいが」

「そうか、僕はもう十七八位かと思った」

彼は本当はもう十九か、二十ではないかと思っていた。十六ならまだ安心だ。自分と七つちがいだ。自分が少し有名になる時分に、丁度十九か、二十になっている。

彼はそんなこと迄考えていた。彼は女の人を見ると、結婚のことをすぐ思わないではいられない人間だった。結婚したくない女、結婚出来ない女、これは彼にとっては問題にする気になれない女だった。

そう云う女にいい女がいると彼は一種の嫉妬《しつと》さえ持ち兼ねなかった。女は彼にとっては妻としてより他、値のないものだった。結婚が彼にとってすべてであった。女はただ自分にだけたよっ

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