無料電子書籍、AI音声、オーディオブック: 何處へ (Dokoe) by chō Masamune

オーディオブック: 何處へ (Dokoe) by Hakuchō Masamune
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何處へ
(一)
可愛《かあい》い目元《めもと》をほんのり酒《さけ》に染《そ》めた女《をんな》が高《たか》くさし掛《か》けた傘《かさ》の下《した》に入《はい》つて、菅沼健次《すがぬまけんじ》は敷石傳《しきいしづた》ひに門口《かどぐち》へ來《き》た。
「ぢや明後日《あさつて》、屹度《きつと》ですよ」と、女中《ぢよちう》は笑顏《ゑがほ》で覗《のぞ》き込《こ》み、艶氣《つやけ》を含《ふく》んだ低《ひく》い聲《こゑ》で云《い》つた。
「むゝん」と健次《けんじ》は女《をんな》の顏《かほ》をも見《み》ず、引《ひつ》たくるやうに傘《かさ》を取《と》つて、さつさと急《いそ》ぎ足《あし》で步《ある》き出《だ》したが、五六|間《けん》も步《あゆ》んで我知《われし》らず振返《ふりかへ》ると、「鳥《とり》」と行書《ぎやうしよ》で書《か》いた濕《しめ》つた軒燈《がすとう》の下《もと》に彼《か》の女《ぢよ》がぼんやり立《た》つてゐる。
健次《けんじ》は何《なん》の譯《わけ》もなく微笑《につこり》する。女《をんな》も微笑《につこり》して、胸《むね》を突出《つきだ》して會釋《ゑしやく》する。
それも一瞬間《またゝくま》で、健次《けんじ》は傘《かさ》を肩《かた》にかけ、側目《わきめ》も振《ふ》らず上野《うへの》の廣小路《ひろこうぢ》へ出《で》て、道《みち》を山下《やました》の方《はう》へ取《と》る。
昨日《きのふ》の天長節《てんちやうせつ》に降《ふ》り通《とほ》した雨《あめ》は、今日《けふ》も一|日《にち》絕間《たえま》なく、濕《しめ》つぽい夜風《よかぜ》が冷《つめ》たく顏《かほ》に吹《ふ》き當《あた》る。往來《わうらい》の人々《ひと〴〴》は皆《みな》傘《かさ》を斜《なゝ》めに膝《ひざ》を曲《ま》げて、ちよこ と小股《こまた》に急《いそ》いでゐる。健次《けんじ》も膝《ひざ》から下《した》はびしよ濡《ぬ》れになつたが、敢《あえ》てそれを氣《き》に留《と》めるでもなく、只《たゞ》いゝ氣持《きもち》で、口《くち》の内《うち》で小唄《こうた》か何《なに》か呟《つぶや》いて、沈《しづ》んだ空《そら》へ酒臭《さけくさ》い息《いき》を吐《ふ》きながら、根岸《ねぎし》の近《ちか》くまで來《く》ると、橫合《よこあひ》から底《そこ》の深《ふか》い大《おほ》きな蝙蝠傘《かうもりがさ》が、不意《ふい》に健次《けんじ》の蛇《じや》の目《め》にぶつ付《つ》かる。チエツと舌打《したうち》して避《さ》けやうとする機會《とたん》に、蝙蝠傘《かうもりがさ》の男《をとこ》が聲《こゑ》をかけて、
「やあ君《きみ》」と立留《たちどま》つた。
健次《けんじ》は少《すこ》し驚《おどろ》いて、「やあ君《きみ》か、何處《どこ》へ行《い》つた」
「君《きみ》の家《うち》さ、今夜《こんや》は雨《あめ》だから、屹度《きつと》ゐるだらうと思《おも》つたのに、何處《どこ》を浮《うか》れてた、いい顏《かほ》つきをしてるぢやないか」
「そりや氣《き》の毒《どく》だつたね、これから僕《ぼく》の家《うち》へ行《い》かうぢやないか」
「いや、もう遲《おそ》いからよさう」と、蝙蝠傘《かうもりがさ》の男《をとこ》は長《なが》い身體《からだ》を屈《かゞ》めて、下駄屋《げたや》の時計《とけい》をのぞいて見《み》て、「もう彼此《かれこれ》九|時《じ》だね」と一寸《ちよつと》考《かんが》え、「實《じつ》は君《きみ》に少《すこ》しお賴《たの》みがあるんだが……此處《こゝ》で話《はな》してもいゝが、どうだ其邊《そこら》の珈琲店《コーヒーてん》へでも寄《よ》つて吳《く》れんか」と、首《くび》をまはして周圍《あたり》を捜《さが》す。
「ぢや、さうしよう、この先《さ》きにいゝ家《うち》がある」と、健次《けんじ》は先《さ》きに立《た》つて、半丁《はんちやう》ばかり泥濘《ぬかるみ》の中《なか》を通《とほ》つて、擦玻璃《すりがらす》に一品亭《いつぴんてい》とある小《ちい》さい西洋料理店《せいやうれうりてん》へ行《い》つた。
客《きやく》は一人《ひとり》もゐない。白布《ぬの》で蔽《おほ》うたテーブルの上《うへ》に火鉢《ひばち》を置《お》いて、籐椅子《とういす》が四五|脚《きやく》周圍《まはり》に不秩序《ふちつじよ》に置《お》かれてある。健次《けんじ》は火鉢《ひばち》の火《ひ》を搔《か》き廻《まは》して、
「君《きみ》は馬鹿《ばか》に寒《さむ》さうぢやないか、さあ當《あた》り給《たま》へ」
と云《い》つて、卷煙草《まきたばこ》に火《ひ》を付《つ》けて、反身《そりみ》で椅子《いす》に寄《よ》りかゝり、頻《しき》りに瞬《まばたき》をしながら仰向《あふむ》いて煙草《たばこ》を吸《す》ふ。
今迄《いまゝで》板《いた》の間《ま》に腰掛《こしか》け、左右《さいう》の袖《そで》を搔《か》き合《あ》はせて居眠《いねむ》りをしてゐた小娘《こむすめ》が、高《たか》い足駄《あしだ》を引摺《ひきず》つて、
「お誂《あつら》へは」と寢呆聲《ねぼけごゑ》で聞《き》く。
「寒《さむ》いから日本酒《にほんしゆ》がいゝだらう、料理《れうり》は何《なに》がいゝ、ビフテキにでもするか」と、骨太《ほねぶと》い手《て》を火鉢《ひばち》の上《うへ》に翳《かざ》しぽかん[#「ぽかん」に傍点]として、
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